森林保護学研究室
研究内容
琉球列島のマングローブの樹木病害、マツ材線虫病(松くい虫被害)、デイゴの枯死、浦添市の木ホルトノキの衰退原因
森林保護学研究室では、陸上の森林やマングローブの樹木の病害についての研究をしています。また、街路樹、校庭の木、集落のシンボルの木、街路樹や並木、公園などの緑化樹といった、ひとが暮らす街のみどりの健全さを保つ研究もしています。持続可能な社会をつくるSDGsを考えるとき、温室効果ガスの排出を削減して気候変動を抑えるなどのグローバルな(地球規模の)活動ももちろん大事ですが、同時に、琉球諸島、沖縄島、そして「私のまち」の緑や環境を守り、その質を上げて受け継いでいくという、ローカルな(地域規模の)持続可能性をつくり出す活動もとても重要です。森林保護研では、森林・樹木の病害や寄生菌類の教育研究を通じて、そうした地球規模の生態系や社会の持続可能性についてリアルに考え、地域の自然、文化、社会の持続可能性を実践していきます。
教員名 | 亀山 統一 |
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所属 | 亜熱帯農林環境科学科 森林環境学 |
専門分野 | 林学 /森林科学 |
主な研究内容
マングローブや陸上の森林の樹木、都市に植えられた樹木の病害について研究し、そのことを通じて、琉球列島の森林生態系を守ろうと取り組んでいます。例えば、いま沖縄島で大被害を出している「松くい虫」( リュウキュウマツ材線虫病)の流行の仕組みについて森林調査を続けて追跡したり、マングローブ植物とその枝葉に生活する菌類との関係を、さまざまな島で調べたりしてきました。
また、沖縄県の「沖縄らしいみどりを守ろう事業」に協力して、(1) ホルトノキやフクギの衰退とファイトプラズマ病の関係、(2) 八重山でのリュウキュウマツの枯死の原因、(3) デイゴヒメコバチに葉や枝先を加害されたデイゴが幹から枯死する原因、などについて、研究しています。
今とりくんでている仕事の紹介 メヒルギ枝枯病
メヒルギKandelia candelは、琉球列島のマングローブ林の主役の植物のひとつです。とくに、沖縄島、奄美大島、種子島、屋久島といった琉球列島北部での役割は大きく、北限のマングローブ林をつくっています。 下の写真は、メヒルギの花(春開花)と果実のなかの種子が樹上で発芽した状態のもの(散布体、胎生芽などと呼んでいます。冬撮影)です。
そのメヒルギに枝枯病(えだがれびょう)という病害が発生しています。しかも、八重山よりも沖縄・奄美の方が被害がひどいようです。下は、メヒルギ枝枯病による枯れ枝の写真です。右上に伸びる枝には、病原となっているカビ(子のう菌の一種)の、子のう殻子座(しざ)・分生子殻子座という、胞子を作る器官が、だいだい色の斑点となってはっきり見えますね。
雨のあとなどには、下のオレンジ色の部分(分生子殻)から胞子が押し出されてきます。黄色いアメ細工のようで、よく見るととてもきれいです。
メヒルギは、本来こんもりと丸い樹冠(葉の茂った部分)をしています。しかし、枝枯病が進むと、真ん中の部分が特に被害を受けて、木の上部と地面近くだけに枝葉が茂るようになります。上部の枝葉は、枝枯病や台風の被害を受けやすく、最終的には、成木なのに樹高の低い、テーブルのような樹形になってしまいます。下は名護市大浦湾(辺野古の北隣です)のマングローブの例です。
そこで、琉球列島のほぼすべてのマングローブ林を回ってみました。また、台湾(台北市淡水・八里,新竹県紅毛)や中国(広西壮族自治区山口紅樹林保護区)にも行ってみました。 すると、メヒルギ枝枯病は、メヒルギのあるところにはどこでもありました。しかし、被害のひどいところも、ほとんどないところもあります。そうすると、被害の強弱は環境のちがいに原因があるのかも知れません。いま研究を続けていますが、風が強く当たる林縁部では被害が確実に大きいのです。
下左の西表島のマングローブでは、樹高が低くなっては、また回復して枝が上に延び…というのを繰り返している林が観察されます。
これらのことから、土木工事やエコツアーなどで、人間がマングローブ林を切ったり分断したりすると、病気がひどくなる可能性があると分かります。また、油が漂着する、プラスチックの漂流物が樹冠に引っかかるなどで、光合成やガス交換が阻害されると、ぎりぎりの条件で生活しているメヒルギにとっては致命的な打撃になる可能性があります。軍事基地建設や開発には、こうしたかけがいのない生態系を破壊するリスクがあることを、肝に銘じなければなりません。
マングローブの内生菌
マングローブは、写真のように、入江や河口に種子が流れ着いて広がっていきます。マングローブ林の水路側や海側には、単独で生えている個体が多くあります。新たに進入した場所などでは、単独でしか生えていないこともあります。では、どうやってそこに枝枯病の病原菌が届くのでしょうか。
また、最近、マングローブの枝葉の健康な組織の中にも、カビの仲間などの微生物が住んでいることが分かってきています。これらを内生菌と呼んでいますが、すぐには病気を起こしたりせず、役割はよく分かっていません。
これら、内生菌やメヒルギ枝枯病などの病原菌は、一体どこから胞子などが飛んできて、マングローブの樹体に感染するのでしょうか?遠く離れた別のマンブローブ林から飛んでくるのでしょうか? 陸上の森林から飛んでくるのでしょうか? マングローブに感染するカビは、陸上の樹木に感染するカビと同じ暮らしができるでしょうか?
というわけで、いま、マングローブを陸上森林の樹木の内生菌や病原菌にどんなものがあるか調べて、比較しようとしています。マングローブ林と後背の森林とでは、病原菌や内生菌の種類がどれくらい共通なのでしょう。それによって、マングローブと陸上森林の関係が、もっとよく分かるかも知れません。
私の研究室で一番新しい仕事は、散布体の内生菌相の解明というテーマです。 内生菌といえば、これまでは、樹木の若い茎や葉を対象にして、そこにいる菌を調べてきたのです。 しかし、マングローブの主役をしめるヒルギの仲間は、花が咲いて果実ができると、樹上で種子が発芽し、左の写真のように茎のもとになる組織(胚軸)が伸びてきます。例えば、写真のメヒルギのばあい、花は年1回初夏に咲きます。11月〜1月には成熟した果実から発芽伸長した胚軸が突き出してきます。これが30センチメートルほどまで伸びて、3月ごろに落下し、(真下の泥に刺さるのではなくて)潮に流されて海面を漂流し、干潟のようなところに運ばれてうまいぐあいに動かなくなると、下の方にある根原基から速やかに根を出して定着し成長を始めます。つまり、果実ができてから長い間樹上にあるだけでなく、胚軸が露出してからも数ヶ月は樹上に留まるというわけです。この長い間に、内生菌が感染するチャンスはないでしょうか。この散布体(本によっては胎生種子と書いてありますが、これはもう種子ではないので、私たちは単に散布体と呼んでいます)が内生菌などの乗り物になっていれば、どんなところに流れ着いても、そこに、マングローブ林ができるだけでなく、森林の構成要素である微生物も一緒に届くことになります。
それが分かると何かよいことがあるのでしょうか? 経済的にもうかる話はなさそうです。でも「科学」ってビジネスのためにしてるんじゃないですよね。 地味~な研究ですが、微生物は、うたがいなく森林生態系のなかで大事な役割を果たしています。あまり知られていない微生物のことが分かると、琉球列島の森林・マングローブの豊かさが、少しよく分かることになります。また、マングローブをはじめ沖縄の豊かな自然を、軍事基地や不適当な開発による環境破壊から守るための知識につながるかも知れません。
下は、名護市大浦湾のマングローブ(米軍海兵隊基地の建設で話題になっている辺野古に接する湾です)海側からきれいなくさび形をなしている(風波の影響による)、美しいヒルギ林です。
琉球列島の樹木病害の探索
海洋博記念公園の亜熱帯都市緑化植物園で、管理事業者が行っている亜熱帯緑化事例発表会で、樹木病害についての講演をしました。当日配った資料が入手できますのでよろしかったらどうぞ。
(1) デイゴの枯れ
ここは摩文仁の平和祈念公園。デイゴが枯れつつあります。沖縄島ではデイゴヒメコバチという虫がデイゴの葉や枝先に大量に産卵して、コブをつくります。たくさん寄生された葉や枝先は枯れてしまい、夏なのに葉が無かったり、春花が咲かなかったりします。その中の一部は、枯れてしまいます。でも、なぜどうやって枯れるのでしょうか。デイゴヒメコバチは枝の先にしか加害しないのに、枯れる木は、幹や大枝の下の方から枯れていくようなのです。
そこで、神戸大学のメンバーが来沖、幹の水分通導の状況を調べます。といっても、幹に穴をあけて、染料を流して、どこまで染まるか見るわけです。こんなローテクで、かなりのことが分かります。結果は、染料のシミはごく小さいですね。水はほとんど流れていません。
材を輪切りにすると、おかしなシミができています。この部分から微生物を分離すると、フサリウムという植物病原菌がたくさん出てきました。これが枯れの真の原因なのか、それとも、デイゴが弱ったからフサリウムが後から入ってきたのか、ただいま研究中です。
(2) ファイトプラズマって何だ?
沖縄でホルトノキが、衰退しています。左は、浦添市前田の街路樹。ホルトノキは浦添市の市の木です。右はご存じ、那覇の中心部、開南の街路樹です。うるま市でも沖縄市でも、名護市役所の前でも、沖縄各地で見られます。これが、道路舗装などによる土壌の水不足のせいなのか、台風の襲来のせいなのか、何か病虫害が関与しているのか、よく分かりません。
もしかしたら、本土で報告されている、ホルトノキ萎凋(いちょう)病というファイトプラズマによる病害かもしれません。ファイトプラズマは、細菌の一種で、植物の篩部(樹皮や葉の葉脈の篩管がある部分)に寄生して生きている生物です。師部の樹液を吸うヨコバイ、カメムシなどの虫によって媒介されます。植物の遺伝子を借りないと生活できないので、篩部の中でだけ生きていける、とても変わった細菌です。シャーレや試験管にとって培養できないので、検出にはDNAの分析をするしかありません。
本土のホルトノキではファイトプラズマの起こす衰退病が知られており、上の写真のように、柳川市の観光名所の掘り割り沿いでも被害木が見られます。
実は、沖縄でホルトノキ以上に大事にされているフクギでも同じような衰退現象が見られます。恩納村仲泊などで劇的な被害が見られます。フクギは集落の景観をつくっています。また、紅型の染めの材料にも欠かせません。
そこで、ファイトプラズマ病を疑って、研究を進めています。目下、ホルトノキでは、沖縄島中南部でファイトプラズマを検出しています。しかし、それが衰退の主因かどうかは別の問題です。フクギについては、ファイトプラズマDNAの検出技術そのものを開発しているところです。
(3) 学生の授業でも研究します
学生が毎日通っている琉球大学の図書館の横にナンキンハゼの並木があります。このナンキンハゼは、以前から枯れ枝がよく出るので不思議に思っていました。 ときどき注意してみていたら、梅雨どきのある日、枯れた枝には、こんなマイクロな「キノコ」(*)が…。調べてみると、菌糸の束の上に、まるく胞子(分生子)がまとまってできているものです。 上左の写真は、直径2センチメートルほどの枯れ枝の上半分のみを撮影してあるので、「キノコ」の小ささが分かりますね。これが、枝を枯らす正体なのでしょうか。 (*キノコのようにみえているのは分生子柄束といい、これは、有性生殖器官ではないので、正確には子実体(キノコ)とは言いません…。しかし、まあ、あまり難しく考えずにお読み下さい。)
そこで、この胞子を水にといて寒天の上で発芽させ、顕微鏡でみながら、たった一個の胞子から発芽したばかりの菌糸をとりだして(手作業で細い針を使って釣ります)培養したものを準備しました。寒天の上に生えた白いふわふわの菌糸です。 それを、元気な若い茎に接種してみました。茎にわずかな傷を与えて、菌糸を貼り付け、乾かないようにして、経過を観察します。もちろんこれも手作業です。 学生も教員も、こんな作業をこなしながら、樹木と微生物の様々な関係をさぐっていきます。
琉球列島は、大隅諸島から与那国島まで、本州と同じだけの広がりがあります。北は温帯の下部にあってヤクタネゴヨウやスギが生えており、南の西表島などは台湾の台北よりも南にあり、みごとな亜熱帯雨林が見られます。サンゴでできた標高の低い島も、中国大陸や日本本土とつながっていたあと水没したことのない高い島もあります。その分、多様な樹木や微生物が生きていますから、調べることはたくさんあり、どれも魅力的です。
(4) 松くい虫の研究も
松くい虫は、正確には、マツ類材線虫病といいます。沖縄産のマツ、リュウキュウマツも材線虫病にかかります。 この病気の原因はマツノザイセンチュウという小さな動物です。北アメリカ原産で、日本には貿易活動に伴い、20世紀の初めに侵入しました。沖縄には、復帰直後の1973年に公共事業に伴って不法に持ち込まれ、米軍基地内でまんえんし、現在のように定着してしまいました。(この辺の経緯は、「観光コースでない沖縄 第四版」高文研に執筆しました。)
松くい虫というのは、マツノマダラカミキリなど、弱ったり枯れたばかりのマツの木に穴をあけて幼虫がくらす甲虫類をさします。法律でも駆除の対象となっているのですが、マツノマダラカミキリは日本や東アジアに以前からいる生物で、生きたマツを弱らせたり殺したりすることはありません。たまたま持ち込まれたマツノザイセンチュウの乗り物となって、材線虫病で枯れたマツの木から、マツノザイセンチュウを、元気なマツの木へと運ぶ役割を果たしてしまっているのです。上左の写真は、枯れたマツの木にドリルを打ち込んで、材の細片をとりだしているところです。研究室に持ち帰って材片を水中につけておくと、線虫類がいると水中に泳ぎだしてきます。枯れたマツの木が材線虫病によるものかどうかの大事な判別作業の一コマです。
下左はマツノマダラカミキリの幼虫が樹皮を食害した跡です。特徴ある細長い短冊状のフラス(糞と食べかすの混ざったもの)が見えます。下中は、材にもぐって蛹から羽化したマツノマダラカミキリが脱出してきた穴です。こうした細長い形をしています。まん丸い穴など形の違う穴は別の虫のものです。下右は、枯れたばかりのマツの木の材によく入る青変菌というカビで黒変した材です。このカビは、マツノザイセンチュウの大好物。材で繁殖しているマツノザイセンチュウは、羽化するマツノマダラカミキリの体の穴に入って、乗せてもらい、マツノマダラカミキリが元気なマツの木に飛んでいって枝先をかじったとき(後食といいます)に傷口に落ちて感染します。
琉球列島では、沖縄島と奄美大島が、材線虫病の被害地域です。基地がなかった宮古島は、病害が一度侵入しましたが、制圧・撲滅に成功しました。日本から広がった中国・台湾でも深刻な病害であり、効果的な対策が必要です。 私たちの研究室でも、リュウキュウマツ材線虫病の研究は取り組むべきテーマの一つです。(数年前までは中心的な課題の一つでしたが、今は一休み中。)
これも研究?
これは研究? そう、ただいま研究中です。 スキーが研究? いえ、スキー「で」研究です。 ・・・? 沖縄では観察できない、寒冷地の森林植物や樹木病害の観察にやってきました。積雪地の森林には、冬場はスキーをつけなければ入れません。ただし、スキーを履けば入れるというものでもありません。そういうわけで、森林観察&スキーのお稽古中です。いいですね、これは遊びではありません、遊びじゃないんだってば! 写真は水上宝台樹スキー場にて。この一帯にはヒノキアスナロがあるので、それを見るのも目的の一つでした。天然生のヒノキアスナロは極めて優良な材で、青森のヒバ、能登半島のアテという名前でよく知られていますが、この水上の奥の方にもあるのですね。旧水上町藤原のこのあたりは、今は大変静かな過疎地ですが、戦後、林業が盛んな頃は営林署の仕事で多くの人が集まっており、映画館もあったそうです。近くに湧く湯ノ小屋温泉も労働者のものでした(以上、湯ノ小屋温泉照葉荘ご主人からの聞き取りによります:この宿の建物はヒノキアスナロ材を使っているのでそれも観察しました)。さいわい、ヒノキアスナロ漏脂病の病徴はほとんど認められませんでした。
なお、私のスキー愛を面白いと思ってくれた勤労者スキー協議会(WSAJ)のご厚意で、同会の会誌「スキーメイト」に「雪なし県からのスキーヤー便り」を好評(?)連載中です。年5回刊行なので、2012年にはじめて、現在60回に達しています。スキーと気候変動、森林生態系や水資源の保全などについて書いています。
これは研究? いや、footballです。当研究室では、footballer(経験・技術不問)、音楽好きで楽器(とくにflute)を演奏する人は特に歓迎されますが、そんなことには何の関係もなく、いろいろな楽しみを持った人が集ってきます。研究は長く続くものであり、うまくいかない日々も多くあります。そういうときに、趣味を持ったり、人と深く接して楽しむことは、とても大事なことです。(写真は昔あった留学生フットボール部のメンバーと) というわけで、目標は大きく、仕事はささやかに、頑張っています。 沖縄に森林・マングローブの調査でお越しになりたい方、この研究室で一緒に学んでみたい方などは、遠慮なくご連絡下さい。情報提供など、可能な限りご協力します。最後までお読みいただきありがとうございました。 研究室の旧ページは、こちらにどうぞ